コラム
Column
低軌道は「空いている場所」ではなくなった。衛星1万機時代の混雑と、そこから生まれた新しい制約

目次
はじめに──広いはずの宇宙が、狭くなっている
衛星通信の普及を支えているのは、地球のまわりを回る膨大な数の衛星です。SpaceX の Starlink(スターリンク)だけで、2026年には運用中の機体が1万機を超えました。
宇宙は広いという直感からすると、1万機は大きな数字に思えないかもしれません。地球の表面積は5億平方キロメートル以上。九州がすっぽり入る広さに衛星1機、という計算になります。
ただ、この割り算には抜けているものがあります。低軌道の衛星は秒速8キロ近い速さで飛び、約90分で地球を一周します。「九州ひとつ分に1機」と考えても、その1機は90分後には地球の反対側にいる。衛星は点ではなく、空間を高速で横切る線として存在しています。
実際、低軌道(LEO:高度2,000km以下の地球周回軌道)は急速に混み合いつつあります。衛星をどこにでも置けるわけではなく、使い勝手のいい高度と軌道が限られているからです。
今回は、その混雑が何を引き起こしているのか。そして機体を送り込む前に、地上で何を確かめることになるのかを見ていきます。
低軌道は、どれくらい混んでいるのか
まず、そこに何がどれだけ飛んでいるのかを押さえておきます。
数で見る──働いているのは3分の1
地上の監視網が日常的に追跡している物体は、4万6千個ほど。運用中の衛星は1万数千機で、その多くをスターリンクが占める。残りは役目を終えた衛星、使い終わったロケットの上段、そして破片です。生きて仕事をしているのは3分の1ほど。あとはこちらの都合では動かせません。
混雑を端的に表すのが高度の分布です。ESA が2024年末までのデータをまとめたモデルでは、高度550km 付近で、脅威となりうるデブリの数が運用中の衛星の数に匹敵する水準に達していたとされています。550km 付近は、当時のスターリンクが主に使っていた高度でもありました。その後も各社の高度構成は見直されているようで、どの帯が一番混むのかは動きます。
ISSとスターリンクは、ご近所さん
混雑を実感しやすいのが、国際宇宙ステーション(ISS)との位置関係です。
ISS は地上から約400km を周回しています。スターリンクは打ち上げ後、いったん低い高度に入り、そこから運用高度まで上がっていく。その途中には、ISS と重なる高度帯が含まれます。寿命を迎えて下げるときも同じ。有人拠点との間隔を確保する運用が取られているようですが、これだけの数が上下すれば、ISS は一時的に「ご近所」になります。
増えているのはスターリンクだけではありません。OneWeb(現 Eutelsat OneWeb)は600機を超える規模で運用中。Amazon の Amazon Leo(旧 Project Kuiper)は3,000機超、中国の G60(千帆)は最終的に1万機を超えるという計画で、衛星群(コンステレーション)の構築が各国で進みます。
宇宙ステーションが衛星をよける「回避マヌーバ」
この高度帯の重なりは、すでに具体的な問題を生んでいます。2021年12月、中国は国連に対し、宇宙ステーション「天宮」が接近してきたスターリンク衛星をよけるため、2021年中に2度の「回避マヌーバ」を実施したと申告しました。回避マヌーバとは、スラスタ(姿勢・軌道制御用の小型エンジン)を噴射して軌道をずらし、衝突を避ける操作です。
ISS も例外ではなく、デブリ(宇宙ごみ)への回避マヌーバは以前から繰り返されています。ISS には日本実験棟「きぼう」があり、JAXA の宇宙飛行士も滞在する——低軌道の混雑は、日本が参加する有人宇宙インフラの問題でもあります。
混雑が生むもの、そこから始まったこと

混み合った軌道は、二つのものを生んでいます。ひとつは壊れた破片、もうひとつは、それを片づけようとする産業です。
衝突が衝突を生む連鎖
衛星同士、あるいは衛星と既存のデブリが衝突すると、無数の破片が生まれます。その破片が別の衛星に衝突し、破片が破片を生む——この連鎖的な崩壊シナリオは「ケスラー・シンドローム」と呼ばれ、軌道が混雑するほど現実味を増します。
やっかいなのは、新規の打ち上げを止めても連鎖が進みうる点です。ESA の分析でも、仮に明日から打ち上げが一切なくなったとしても、軌道上の物体は増え続けうると指摘されています。
対策も動き始めています。FCC(米国連邦通信委員会)は2022年、低軌道で役目を終える衛星に、退役後5年以内の再突入を求める新ルールを採択しました。対象は米国の認可や市場アクセスを求める衛星のうち、大気圏に落として処分する計画のもの。従来の目安は25年だったので、大幅な短縮です。
ただ、5年で落とすやり方は一つではありません。もともと低い軌道なら、放っておいても高度が落ちていく場合がある。一方、自分で軌道を下げて期限内に収めるつもりなら、寿命の最後まで「制御できる状態」が残っていることが前提になります。途中で故障して制御を失えば、そのまま漂う物体です。
取り除く側の動き──「軌道上サービス」
増え続ける軌道上の物体を取り除こうとする動きもあります。デブリ除去や衛星の寿命延長を担う「軌道上サービス」の領域では、日本の実証は早いほうに入るようです。
アストロスケールは、JAXA の商業デブリ除去実証プログラムのもと、実証衛星「ADRAS-J」を2024年に打ち上げました。対象は日本のロケットの使い終わった上段——制御されておらず、姿勢も回転もこちらの都合には合いません。約15m まで接近して状態の撮影に成功し、後継機では捕獲・除去を目指した開発が進んでいます。
「1機なら問題にならないが、1万機なら問題になる」
ここまでの出来事に共通するのは、誰かが規則を破ったから起きた、という種類の話ではない点です。1機あたりのリスクがどれだけ小さくても、同じ高度に何千機と集まれば、接近する機会は積み上がっていく。1機なら問題にならないが、1万機なら問題になる——宇宙の混雑は「合計」として現れます。
だから対応も、軌道に残る期間を短くするルールや運用中の交通整理と、1機ずつが「最後まで制御できること」の両側から進む。後者は、打ち上げ前の地上での話です。
打ち上げの数分間に、衛星は何を受けているのか

軌道上の混雑は、機体が「乗ってから」の話です。ただ、最後まで制御を保てるかどうかは、手前の数分間——打ち上げを無事に通過できるかに左右されます。
想定すべき環境を、数字で見る
SpaceX が公開する相乗り打ち上げ向け資料「Rideshare Payload User’s Guide」(2026年8月版)から、想定すべき値を拾ってみます。
- 加速度:CubeSat をディスペンサごと1つの塊とみなしたときの設計荷重は、機軸方向10G・横方向17G
- 音響:フェアリング内の音は、最大で139.3 dB と予測されている
- 衝撃:フェアリング分離や相乗り相手の分離で取付面に届く値は、衝撃応答スペクトル最大1,000G
- ランダム振動:20〜2,000Hz の帯域全体で、実効値5.57 Grms
横方向17G は、ディスペンサに収まった状態で、自分の重さの17倍の力が横向きにかかるということ。20kg の塊なら340kg 分です。139.3 dB は、人が痛みを感じ始める目安とされる120 dB のおよそ9倍の音圧。爆音という言い方は、比喩ではありません。
ランダム振動は、ひとつの周波数を順に掃引する正弦波振動とは性質が違います。20Hz から2,000Hz までのあらゆる周波数が同時に、不規則な強さで入ってくる。飛行中の機体が受けるのは、こちらに近い揺れです。
同じ資料は、機体の固有振動数を40Hz 以上にすることも条件に挙げています。ロケット側の低い周波数の揺れと共振させないための線引き、ということのようです。
では、地上で何を確かめておくのか
この環境は、機体にとっては結局のところ「揺れ」として届きます。エンジンの振動も、空気を震わせた爆音も、構造を経由して中の機器を揺すり続ける。だから小型衛星や搭載コンポーネントの評価では、加振機に載せて実際に揺らしてみる振動試験が柱のひとつになります。音や衝撃、真空中での温度変化をどこまで確かめるかは、機体の構成しだいです。
そして実際に試験をするとなると、最初に問題になるのは「どう固定するか」です。飛行中と同じように機体を支えないと、揺れの伝わり方そのものが変わってしまう。試験そのものより、そのための治具づくりのほうが手間になる場面も少なくありません。
どのロケットで、機体のどこに載るのか。前提が変われば、かける揺れの強さも時間も変わります。
条件の設計は資料から一律に決まるものではなく、その機体の使い方を詳しく聞くところから始まります。
揺れだけでもありません。軌道に乗ってからは、真空、放射線、そして多くの低軌道では約90分ごとに巡ってくる日なたと日陰の温度差のなかで、数年間、交換も修理もなく動き続けることになります。
振動も温度も、地上でひととおり通しておくしかありません。熱をかけながら揺らすなど、組み合わせで確かめる場面もあります。そして地上で試せるのは、打ち上げるまでの間だけです。
どこまでやるかは、機体の規模も、狙う軌道も、想定する運用年数も違うため、一概には言えません。ただ、混雑した軌道では「壊れないこと」は自分のためだけの条件ではなくなります。制御を失った1機は、再突入するまでの間、誰にも動かせない物体として軌道に残り、そこを使う全員の前提を少しずつ削っていくからです。
宇宙機に搭載されるコンポーネントの振動試験・温度試験は、エボルテックが日常的に向き合っている領域と重なります。評価設計でお困りの際は、お気軽にご相談ください。
参考情報
- ESA「Space Environment Report」
- ESA「Space Debris User Portal – Space Environment Statistics」
- FCC「FCC Adopts New ‘5-Year Rule’ for Deorbiting Satellites」(2022年9月)
- 国連「A/AC.105/1262」(中国による2021年の申告)
- アストロスケール「ADRAS-J」
- SpaceX「Rideshare Payload User’s Guide」(2026年8月版)
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宇宙機搭載コンポーネントをはじめとする、振動試験・環境試験についてのご相談は、お気軽にどうぞ。ランダム振動試験・正弦波振動試験の条件設定や、温度試験と組み合わせた複合環境試験についてもご相談いただけます。
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